2015年6月13日土曜日

角の煙草屋までの旅 須田一政


明らかに散歩と呼ぶべき行為を旅と名付けたのは、その日の気分によって風景が思いがけなく姿を変えるのを実感していたからだ。認識の有りようで視界はより深く、より広くなる。

現在、私の旅は自らのイメージの源泉へと行先を変えた。相変わらず日常という被写体に変わりはないが、その茫漠たる存在は近づけば近づくほど揺れ動き、創造の扉が次々と出現する。それらの発見が、私の日常を限界から解き放つのではないかと考えている。角の煙草屋へはもう再び戻ることが出来ない。ずいぶん遠くまで歩いてしまったのだと、いまさらながら来た道を振り返る想いがする。

0 件のコメント:

コメントを投稿